シオノギ感染症研究振興財団_研究成果発表会2025_プログラム・抄録集
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【【助助成成番番号号】】22002233NN009922 【演題名】肺結核患者のNAT2遺伝子多型が治療成績や結核菌の薬剤耐性獲得に与える影響 【研究者氏名】宮原 麗子 【所属機関】国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所疫学研究部 【背景】 結核は、依然として世界における主要な死因のひとつである。近年、イソニアジド(INH)およびリファンピシン(RFP)の2剤に対して耐性を示す多剤耐性結核(MDR-TB)の拡大が、世界的な公衆衛生上の問題として注目されている。耐性獲得の主な要因としては、服薬の中断や不規則な服薬が挙げられるが、直接服薬確認療法により服薬遵守率が向上した現在でも、耐性菌が発生するリスクは依然として存在する。我々はその要因として、INHの代謝に関与するN-acetyltransferase 2(NAT2)遺伝子型に着目した。NAT2遺伝子の多型によりNAT2酵素の活性が異なり、そのアセチル化速度の違いによってRA(Rapid)型、IA(Intermediate)型、SA(Slow)型の3群に分類される。SA型では血中濃度が上昇し、副作用である薬剤性肝障害のリスクが高まることが知られている。一方、RA型ではINHの代謝が速いため血中濃度が低下し、治療効果の減弱が懸念される。こうした背景を踏まえ、本研究では、結核高蔓延国であるタイにおいて、NAT2遺伝子型による薬物動態の個人差が、治療成績や再治療、さらには耐性菌獲得と関連するかについて検討を行った。 【方法】 2003年から2011年および2017年から2020年に、タイ北部で実施された結核患者コホート研究より、NAT2遺伝子型同定のために血液または唾液サンプルからDNAを抽出できた肺結核患者を対象とした。NAT2遺伝子型決定に必要なSNPを解析し、各患者の遺伝子型を同定した。さらに、治療成績(死亡、再発、再治療)、INH耐性菌の有無、年齢や性別などの共変量を加味して、コックス比例ハザードモデルを用いてハザード比を算出した。 【結果】 対象となった1,065名の患者のうち、IA型と比較してRA型の患者では、治療開始から1年以内の全死因死亡リスクが1.7倍に上昇していた。特にINH耐性結核菌に感染している患者においては、RA型の死亡リスクがIA型に比べて4.7倍と有意に高かった。さらに、同一コホートの患者データを病院の診療情報と連結し、治療終了後の追跡を行ったところ、RA型の患者で再治療を受ける頻度が最も高いことが明らかとなった。 【考察】 これらの結果から、RA型においてINHの血中濃度が低下することで、治療効果が不十分となり、結果的に死亡や再治療のリスクを増加させる可能性が示唆された。また、再治療は、結核菌の耐性化を助長する要因であり、RA型への不十分な治療が耐性菌の増加につながる可能性が示唆された。本研究は、NAT2遺伝子型が結核治療のアウトカムに与える影響を大規模に検討したものであり、RA型の患者に対しては、INHの用量調整や血中濃度モニタリングの導入といった個別化医療の必要性を示す根拠となる。現在、タイ国内ではNAT2遺伝子検査の導入と遺伝子型に基づく薬剤投与量調整に向けた取り組みが進められており、個別化医療の導入によって、効果的かつ安全な治療戦略の開発が期待される。 公益財団法人シオノギ感染症研究振興財団 研究成果発表会2025 抄録 ― 38 ―

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